イセ(Iseh)は、カランガスム県シドゥメン郡シンドゥワティ村の中にある小さな慣習村です。シドゥメン中心部から数キロ北、スラットへ向かう道沿いの標高約700mに位置します。アグン山を背にした棚田は、シドゥメンが「昔のウブド」と呼ばれるずっと前、1930年代末にはすでにヨーロッパの画家たちのキャンバスに描かれていました。
ヴァルター・シュピースとテオ・マイヤーの足跡
- 1937年:ウブドのチャンプアンで9年暮らしたヴァルター・シュピースは、押し寄せる来客から逃れるためイセに「山小屋」を建てました。ここで『Iseh im Morgenlicht(朝の光のイセ)』(1938年)を描いています。
- それでも客は訪れました:作曲家コリン・マクフィー、人類学者ジェーン・ベロ、作家ヴィッキー・バウム、そしてスイス人画家テオ・マイヤー。
- シュピースは1938年12月末に逮捕され、のちにドイツ国籍者として抑留され、1942年1月19日にファン・イムホフ号が沈没した際に亡くなりました。
- テオ・マイヤー(1908〜1982)は中立国スイスの市民としてバリにとどまり、イセにあるシュピースの竹の家を自分の住まいとしました。熱帯博物館(トロペンミュージアム)所蔵の1953年12月の写真には、イセのアトリエで語り合うルドルフ・ボネとアントニオ・ブランコが写っています。マイヤー自身、スカルノ大統領の来訪は村の一大事だったと回想しています。1957年にタイへ移りました。
今のイセを歩く
- 朝の散歩で村道や畦道へ:棚田、サラクの果樹園、竹林、そして午前9時前が最もくっきり見えることの多いアグン山。
- 『朝の光のイセ』や、熱帯博物館所蔵の1952年・1955年のイセの写真(Wikimedia Commonsで閲覧可)をスマホに保存して出かけると、今も風景がすぐに重なります。
- 尾根の上のシュピース邸の跡地は残っていますが、建物は改装され、現在は私有地(Villa Iseh として貸し出されていたこともある)で博物館ではありません。道路から眺めるだけにし、許可なく入らないでください。
- イセはシドゥメン〜スラット道路沿いにあるので、アグン山の中腹にあるプラ・パサール・アグンへの参拝と組み合わせやすい場所です。
マナーとヒント
- 田んぼはスバック(水利組合)の農家の仕事場です。既存の畦道を歩き、作物を踏まず、すれ違う農家の人には挨拶を。
- 寺院や儀式のそばを通るときは、サロンとスレンダンを着け、行列を妨げないこと。
- 現金を持参しましょう。シドゥメン周辺の田んぼのトレイルには、Rp20,000〜25,000程度の小額の寄付を求める所があります。
- シドゥメン〜イセの幹線道路は狭くカーブが多く、トラックも頻繁に通ります。路肩を歩く際は注意してください。
実用情報と予約
- 場所:Banjar Iseh, Desa Sinduwati, Sidemen, Karangasem — Googleマップで見る
- アクセス:スマラプラから約15km(25〜30分)、ウブドから約37km(約1時間)、サヌールから約44km(1〜1.5時間)。レンタカーかバイクが便利です。
- ガイド:村の入場券や窓口はありません。ガイド付きトレッキングはシドゥメンの宿で手配でき、目安は1人または1ツアーあたりRp150,000〜300,000です。
- Instagram:Instagramで検索
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